スタッフコラム
後始末
2021/02/19
「とにかく多少の欠点はあっても、おれは三船に惚れて、あいつの素晴らしい個性と格闘したことで、自分としては『姿三四郎』以後、今までの何か暗い、もやもやした壁を突き破って、新しいおれ自身の世界へ飛び出したような気がするんだ…」
これは共同で脚本を書いた植草圭之助が『酔いどれ天使』の欠点について話したときの、黒澤明の返事だ。黒澤の信条からすれば、三船敏郎が演じたヤクザの生き様は否定されるべきだが、シナリオ段階ですでにヒロイックに描かれていた。そのまま撮影が始まり、結果「酔いどれ天使」たる主役の志村喬を食う、三船の悲劇的なギャング映画が生まれる。また、黒澤は映画製作に広く厳しく関わるが、その黒澤が三船の演技に注文をつけたことはなかったらしい。それは三船が優れた俳優だったからだろうか。それだけとは思えない。なにかこう、黒澤にとって三船敏郎という生が不可欠だったのではないか、と空想してしまう。『酔いどれ天使』の後、三船は多様な役柄を演じていく。先達に導かれる無鉄砲な若い警官、若者を導く老医師、それらは大なり小なり黒澤明自身だったはずで、黒澤は役を与えることで三船に自分の人生を生きさせ、ある局面における行動一つ一つを間近で見たかったのではないか。「君ならどう演じるんだ」「僕はどう生きればいいんだ」と。
なぜこんな話を? 一年前、僕は黒澤&三船特集のチラシの、黒澤のプロフィールを書くことになった。黒澤をろくに知らない俺が書いて大丈夫か…と怯んだが、まあ添削してくれるはずだ、と本を片手に書き上げた。チラシが出来たのが昨年末。何気なくチラシを読むと、「三船に「世界のミフネ」の称号を冠させた」と、短絡的に書いた僕の言葉がそのまま載っていたのだ。これは軽くトラウマティックで、その後チラシを見られなかった。言うなれば、このコラムは後始末だ。「世界のミフネ」は黒澤の功績なのか。『羅生門』は彼を世界的に有名にしたし、そもそも黒澤がいなければ俳優を辞めていたかもしれない。しかし、黒澤が三船に「世界のミフネ」と冠させたならば、その黒澤に「世界のクロサワ」と冠させたのも三船敏郎だったのではないか。
— 新井暁介 検索
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