スタッフコラム

2/3(土)より「名匠・吉村公三郎の世界」を開催

2007/01/16 — 第156号

1911年生まれの吉村公三郎監督が松竹蒲田撮影所に入ったのは’29年、18歳のこと。満州事変の2年前。この時代の暗い雰囲気は後に『足摺岬』(’54)などの作品に反映されます。●吉村公三郎の助監督苦節10年は有名。後輩の渋谷実らに抜かれ’39年にようやく監督昇進。だが同じ年には出世作『暖流』(’39)を世に送ります。そして、数々の作品を生み出した名コンビ、吉村公三郎と脚本家・新藤兼人の初作品『安城家の舞踏会』が’47年のベストテン1位を獲得し興行もヒット。以降、松竹は2人を多用していきます。だが意欲作『森の石松』(’49)の興行がコケルと、1年近くかけて準備した『肉体の盛装』に松竹は難色を示し、吉村と新藤のコンビの解消を迫るまでになります。’50年、意を決した2人は松竹を辞め、近代映画協会を設立するのでした。●吉村公三郎は女性映画の名匠とも言われます。『肉体の盛装』はすぐに大映が製作。『偽れる盛装』(’51)というタイトルで公開されヒットします。計算高い芸者を演じた京マチ子はこの作品で大スターとしての地位を決定付けました。また『夜の河』(’56)では山本富士子が凛とした気品に満ちた演技を見せ、単なる美人女優から脱皮して大女優の仲間入りを果たし、『越前竹人形』(’63)でも若尾文子は官能を漂わせる情感のある演技で彼女の最高傑作の1本とします。●『暖流』の高峰三枝子や『安城家の舞踏会』の原節子も忘れ難い! 吉村公三郎と名女優たちの華麗なるコラボレーションを是非お楽しみください。
※2/11(日)13:40より新藤兼人監督のトークショーがございます。

— 矢田庸一郎 検索