スタッフコラム

虚構の世界を創ること

2006/05/16 — 第140号

劇映画、とくに群像劇とよばれる類の映画を観ると、「脚本家はさぞ気持ち良いだろうな」とうらやましくなります。もちろん作品を生み出すための苦労はあるでしょう。それでも、多くの登場人物をチェスの駒のように自由に配置し好きなように動かせるというのは、神になったような気分なのではないでしょうか。■数多い映画の中には、展開が矛盾だらけだったり、重要な登場人物が知らぬ間に物語から消え失せたり、サスペンスで犯人が終盤に突如として登場したりする稚拙な脚本も少なからずあります。しかしその一方で、ジグソーパズルの最後のピースがピタッとはまるような気持ちいい映画も確実にあります。そんな作品を書き上げたときの脚本家の快感は、観客である私には想像するしかありませんが、脚本家という職業に嫉妬は感じます。■そういう意味で私が初めて脚本家をうらやましく思ったのは、荒井晴彦氏の「リボルバー」(1988年・藤田敏八監督の遺作)でした。柄本明&尾美としのりコンビが最後の1ピースなのですが、この扱いが絶品でした。近年なら、一昨年のアカデミー脚色賞ノミネート「ミスティック・リバー」、本年の作品・脚本賞他「クラッシュ」、キネマ旬報脚本賞の「運命じゃない人」の3作品。観終わったあとにその脚本を書いた人を小憎らしく思ったくらいです。無駄なピースもなく、足りないピースもない。脚本家が創ったそれらの虚構の世界は、破綻なく調和がとれているという意味で美しい世界でした。のみならず、完成したパズルに描かれた図柄に切ない気持ちになったり、打ちのめされたり、笑ったりできたわけで、鑑賞者の私としては大満足な映画たちです。■5/20(土)〜「THE 有頂天ホテル」はパズルとしても、なかなかです。併映は「男たちの大和/YAMATO」。

— 関口芳雄 検索